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幻想と日常 ~La Fantazio kaj la Kvotidiano

<   2018年 04月 ( 18 )   > この月の画像一覧

ネモフィラを見に

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今年は早く暖かくなりすぎて桜もさっさと咲いてあっという間に過ぎて行った。桜だけでなく他の花もまた同じで、すでにツツジや藤も咲いている。


 ここ数年ひたちなか海浜公園で大型連休の頃に合わせてネモフィラが咲くのだが、このネモフィラもまた今年は咲くのが早いらしい。


 ということで週末はネモフィラを見にひたちなか海浜公園まで行こうと前もって決めていた。ところがその前日職場の歓送迎会があり帰りは0時前、その後もなかなか寝付けず早朝に出発できずに敢え無く中止。その翌週も茨城方面へ行く予定があったのでネモフィラは近場でということにした。


 とは言っても桜とは違いネモフィラがたくさん咲いている場所なんてのは簡単には見つからず、県内ではくりはま花の国が有名らしいので昼前くらいに出発。


 普段なら車で行くのだが、このところ車の運転を極力避けたくなり(運転をするとイライラすることも多い、はっきり言って車の運転が嫌いになった)花の国までは電車で行くことにした。

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 久里浜というと京急だが、我が家は最寄りの駅に横須賀線も通っているので横須賀線でいく。横須賀線も逗子までは運行本数が多いが、そこから先は電車も減り、1時間に3本くらいの頻度。しかも横須賀からは単線になる。


 この横須賀線の終点が久里浜で、花の国はこの駅から1キロほど歩いたところにある。久里浜駅から歩いていくと賑やかな通りの裏側を歩いて大きな道路沿いまで行き、その道沿いを海に向かって歩いた途中を右に曲がる。歩きでも十分行ける距離だ。


 花の国に着くとコスモスの時は一面コスモス畑だったがネモフィラに関して言えば端っこの方にちょっと咲いているといった程度、大半はすでに花が終わりつつあるポピー畑でよく見るとポピーの畝と畝の間にネモフィラが挟まっている。ネモフィラの数も相当あるのだがポピーと一緒に植えられているとネモフィラはどうしても隠れてしまう。


 わんこを畑の中に座らせて写真を撮影。しかしネモフィラとわんこは背の高さも同じくらいで結構苦労した。


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 ネモフィラはポピー畑よりも奥の方にまとまって咲いていたが、さすがにひたちなか海浜公園とは比べ物にはならないが、わんこと一緒に写真を撮る分には十分な広さのネモフィラ畑だった。

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 ただしこの花の国の花畑は谷間に広がっていて、影がさすのも早い。まだ4時くらいですでに花畑の西側の山に太陽が隠れてしまった。翳るのが早いのが残念なところだ。


 帰りも歩いて久里浜駅まで戻り、そのまま帰るのももったいないので横須賀線で鎌倉まで行き御成通りをちょっと散歩して帰った。


 ネモフィラは確かに見られたし、規模もそこそこではあったがやっぱりひたちなか海浜公園のあの大規模なネモフィラに比べたら見劣りは致し方ない。けどわんこは十分に楽しめたようだし、畑の大きさは二の次だろうと思っている■


by fibich | 2018-04-24 19:12 | わんこといっしょ | Comments(0)

ソウルで買ったCD

先の突然訪米の時にソウルで買ったCDについて。K-POPなんて言葉がもてはやされる以前より僕は韓国ポップスには関心があり、それは遡れば学生の頃からの話だ。


 初めて韓国へ行った時に釜山で知り合った現地の学生にオススメのアーティストを数人教えてもらった中に「展覧会(チョルラメ・전람회)」という二人組のアーティストを教えてもらい、オススメされるままに1枚CDを買った。これが大当たりだった。CDの名前は「卒業(チョロプ・졸업)」、ミニアルバムで解散アルバムでもあった。せっかくいいアーティストが韓国にいるのにすでに解散していたのは残念なことだった。


 次に韓国に行った時にこの展覧会のCDを探して買ったのは言うまでもない。「卒業」は3枚目のアルバムで残りの2枚を買い、その魅力に惹かれていった。


 展覧会は男性二人のデュオで、どうやら展覧会としての活動をしていたときはまだ学生だったらしい、卒業を機に解散したのでラストアルバムが「卒業」なのだ。


 メンバーはキム・ドンリュル(金東律・김동률)とソ・ドンウク(徐東旭・서동욱)、楽曲の大半はキム・ドンリュルが手がけ、低くて伸びのある声。一方のソ・ドンウクは柔らかくて優しい声でこの対比がとても良い。今回の話はこのキム・ドンリュルだ。

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キム・ドンリュル(第4集「帰郷(귀향)」)


 卒業をしソ・ドンウクが音楽をやめグループは解散。キム・ドンリュルはソロ活動に入る。となればやっぱりソロアルバムも聴いてみようとその次に韓国へ行った時にソロアルバムも買う、以後韓国へ行く度に事前に新譜が出ていないかをチェックしていた。


 今回韓国に行ったのが実に8年ぶり、しかも8年前はCDなど買っている時間もなかったので10年近くブランクが空いていて、その間にアルバムも2枚組ベスト盤、2枚組ライブ盤を含めて5つのアルバムが新たにリリースされていた。これを一気に買って帰って来た。


 感想は流石に期待を裏切らなかった。その独特な声の伸びはさらに深みを増し、曲も流行りに媚びない独創的なメロディでスケールの大きい曲が目立った。さらにライブアルバムがすごく、この人はライブなんだなと確信した。(実際あまりライブをしない上にライブのチケットはすぐ売り切れるらしい)ライブアルバムがすごいアーティストってのはなかなかいない。


 これまでのソロの作品を聴いているとゲストアーティストが結構多く、それがヒットするのもこの人の特徴なのかもしれない。中にはかつて一緒に歌っていたソ・ドンウクなども登場しまるで展覧会の新曲を聴いているような気持ちにもなった。


 日本でのK-POPのイメージはどちらかといえばダンスありヴィジュアルありのものだが、こんな大人がしんみりと聴けるアーティストが韓国にはいて、多くの人に支持され、ストリートミュージシャンがコピーをするような存在って果たして日本にはいるのかな、かつてはいたよなと思う。


 次に韓国に行くのはいつだかわからないが、また数枚手に入れていないアルバムができる頃かもしれない。これからもこのアーティストは楽しみである。こんなふうに楽しみにできるアーティストが日本にいないのが残念だ■


追記

リンク

キム・ドンリュル

김동률 - 오래된 노래 (キム・ドンリュル 「古い歌」)

김동률+이소은 - 기적 (キム・ドンリュル+イ・ソウン 「奇跡」)

김동률 - 시작 (キム・ドンリュル 「始作」)

展覧会

전람회 - 졸업 (展覧会 「卒業」)

전람회 - 그대가 너무 많은... (展覧会 「君があまりにも…」)

전람회 - 기억의 습작 (展覧会 「記憶のエチュード」)


by fibich | 2018-04-19 23:43 | ある日の話 | Comments(0)

わんわんカーニバル2018

 先週の土曜日は代々木公園の「わんわんカーニバル」に行って来た。普段はあまり行かないイベントなのだが、今年はおそらくタイフェスはもちろん、ラオフェスにも行かないだろうからこのイベントくらいには行っておこうと思った。


 代々木公園のイベントは必ず公共交通機関で行く。以前はJRを使って原宿駅まで行っていたが、今は東横線が渋谷よりも先に行くので東横線経由だ。


 東横線で行くと渋谷の次の駅が明治神宮前なのでそこで降りる。ただし原宿よりも遠い場所に降ろされる。あとは原宿駅の横から代々木公園に入る。

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代々木公園では必ずここで写真を撮る
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 とりあえず公園に入りしばらく園内を歩くと立教があるのでそれを超えると野外ステージのある一帯に出て、その周辺にいろんなブースがある。

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 この日の様子についてはママのブログの方でしっかりと書かれていると思う。巨大すぎるインターペットでは会うことができなかった顔なじみさんとも会えたし、バザーみたいな感覚であれこれと見て歩き回った。途中で撮影会をすると声をかけられて集まってみると知っている人、顔をちょっと忘れてしまった人など大勢集まった。ポメ率はやっぱり高い。

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ポメ撮影会(パノラマ)

 その後顔なじみの人たちとレジャーシートを広げてランチを楽しみ、久しぶりにあうわんこ達を撫でたり抱っこしたりと楽しい時間を過ごす。あとは流れ解散。ほとんどの人たちは車で来ていた。

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 頃合いを見て我々も公園を出て帰路に、ただそのまま真っ直ぐ帰るのは勿体無いので自由が丘で降りてふらふら散歩をする。ママがわんこOKのカフェを見つけてくれたので軽く食事もした。

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 自由が丘は僕が若い頃よく遊びに出かけた場所だ。と言っても当時の同僚とよく飲みに出かけたところと言った方がいい。多いときは二日と開けずに飲みに行っていた。あの頃はとにかくよく飲んだ。僕にとって自由が丘は東京都内でも最も勝手知ったる場所でもある。しかし次第と行かなくなり、いつしかお酒も飲まなくなって久しい。もうお酒をやめてどのくらいになるかちょっと振り返ってみるとすでに20年にもなっていた。それでも未だにビール、ウィスキー、日本酒の三つだけは無性に飲みたいと思う時がある。

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「エル」つながりで撮影

 暮れて来て急に雨が降り出して来たので電車に乗って帰った。我が家は都内に行くときは極力電車を利用する。ふと思い立って寄り道ができるのも電車だし、車で都内に入ると駐車するのにもお金がかかりすぎる。


 今回は車に乗らなかったこともあり戦利品はほとんどなかったが、馴染みの人たちと久しぶりに会えただけでも十分だと僕は思っている■    


by fibich | 2018-04-19 20:24 | わんこといっしょ | Comments(0)

突然訪米記(終)

 今回で終了の突然訪米記、その6回目。


 葬儀の翌日は朝5時に出発。JFKからの帰りの便は正午だった。2時間近くもゆとりを持って出発。行きもそうだが帰りも真っ暗な中をひたすら移動した。途中で一度だけトイレ休憩をし、東へ東へと移動。

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出発の時お願いして親父の家の前を通ってもらった

 明るくなり始めるあたりから渋滞が始まり、パットのナビゲーションで渋滞を回避をしていたがあまり思うようには進んでいなかった。


 後部座席で我が家のわんこの様子をウェブカメラで見ていた。日本はすでに夜でわんことママがのんびりくつろいでいた。


 車がニューヨークに入ると時間帯からしてもさらに渋滞は激しくなっていったが、ラガーディア空港の脇を通過したあたりからはだいぶ流れも良くなっていた。

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ヤンキースタジアムの横も通った(ただ見ただけ)

 JFK空港にはフライトの1時間ほど前に到着。まずはゲイリー達と軽く食事をしてそこでお別れ。パスポートコントロールを済ませ、ギリギリで搭乗。あとは長い長いフライトが待っていた。帰りは14時間25分のフライトだった。

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JFK空港、出国ゲートに長蛇の列
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帰りの機内食

 日付変更線を超えて仁川空港に到着したのが現地時間の16時25分。金浦空港発は19時半だ。3時間の余裕があるとはいえ出発する空港が違うこともあって急がねばならない。これまでだったらこのくらいの時間があれば余裕ともいえたのだが、荷物を先に預けてあったのでその受け取りに時間がかかった。さらに仁川から金浦までの移動がたいへん。シャトルバスに乗れば1時間ほどで行けるがそれなりに料金がかかる。ということで仁川からは空港鉄道で移動。こっちの方が安い。そして乗り換えもないので早い。

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仁川空港

 こうして時間をかけずに金浦空港まで移動はできたがそれでも時間はギリギリだった。その理由は空港の乗り換えにある。


 仁川空港から仁川発のフライトを利用すればそれはトランジットといって韓国には入国しない。(ただし仁川発東京行きはたいてい成田空港行きだ)それに対して金浦空港へ移動する場合には一時的に韓国に入国をしなければいけない、これをストップオーバーという。今回利用したチケットはストップオーバーをするために料金も違っていた。旅行代理店や航空会社ではこのストップオーバーを利用して経由地でも観光できるようなチケット手配もできるくらい便利な制度ではあるが、急いでいる人には面倒で時間がかかるだけ。ま、このストップオーバーのおかげで行きは韓国での乗り換え時間が20時間もできたので文句も言えない。


 この入国手続きが仁川空港でものすごい時間を要してしまい、30分以上も行列にならばされたためにすっかり時間がなくなってしまった。


 そんなわけで鉄道ですいすい移動ができてもちっとも時間などなかった。というかすいすい移動ができなければ確実にアウトだ。移動手段があらかじめわかっていないとちょっと乗り換えは難しいし、仁川で降りた時も放り出されるような感じだ。この手の便を利用して日本に帰るときは韓国内での乗り換えにだけは注意して。タクシーの方が早いと感じられるけど鉄道の利用をおすすめする。


 そんな時間がほとんどない中でも金浦空港の免税店には立ち寄りお土産も買って出発。羽田空港に到着したのが10時少し前のことだった。羽田到着で本当に助かった。ここからはバスに乗って帰宅。


 帰って来てもわんこもママもいなかった。それはニューヨークに向かう車の中で何度かウェブカメラで家の様子を見ていたが、のんびりくつろいでいたはずのママは突然実家に帰らなければならず、わんこは行きつけの動物病院に急遽預けられていたからだ。


 わんこは翌日引き取りに行ったがそれから半月ほどママは帰ってこなかった。ママのママが危篤の状態になりそれから看病生活が始まった。その知らせを受けたのは伯母の葬儀も終えてニューヨークへ向かう移動中の話だった■


突然訪米記 おわり


by fibich | 2018-04-17 21:05 | 旅の話 | Comments(0)

突然訪米記(5)

 突然訪米記の5回目。アメリカ3日目のこと。ここに来てようやくこの訪米の最大の目的である伯母の葬儀について書く。(それ以前とこれ以降はあくまでおまけ)


 これまで親戚友人知人の葬儀には何度となく出たが、アメリカで葬儀というのは当然のこと初めてである。旅行中に葬儀に出くわすことはこれまでにインドネシアと韓国であった。インドネシア、それもバリ島はヒンズー教の島ということもあって葬儀の行列は非常に派手だった。葬儀とは思えないような印象を受けた。お隣韓国のお葬式は遺族が白装束を着たり、大声で泣きわめく役目の人がいるのが日本とは違うなと感じた(これはむしろ中国に近いのかもしれない)


 アメリカの葬儀というと映画で見たような墓地でお祈りを捧げて棺を埋めるなんてシーンが自動記述のように脳裏に浮かび、その際はやっぱり礼服じゃなきゃダメだよなと思ったので礼服だけは持って行った。しかしワイシャツの方は残念ながらこの旅行中にシワだらけになってしまい、前日急遽調達に出る有様だった。


 前日に斎場との打ち合わせもあったのだが、それでもあまりイメージは浮かんではこなかった。一番印象深かったのはゲイリーの家から歩いて3分もしないところにその斎場があったことと、斎場の前にあるワイオミング通りの向こうにはワイオミング・セメタリー(墓地)があったことだ。なので打ち合わせの時はあああの墓地でなにかするのだろうと思っていた。


 伯母は生前の遺言で火葬にしてくれと言っていたので、大きな棺桶ではなくて骨壷みたいなものを墓地に埋めるのだろうと勝手に想像していた。


 この日は午前中に歩いて斎場へ移動、向こうの親戚ご一同も大勢やって来ていた。ゲイリーの息子アーロンとライアン、昨日初めて会ったロバートの娘レイトンやロバートの嫁のジェニファー、他にもゲイリーの嫁パット側の親族、親父の親族も大勢来ていた、親父側の親族の大半はニュージャージーからやって来ていて、18年前にお披露目ではないのだがせっかくだからと親父に連れて行かれて紹介されたこともあるので顔は覚えていた。これまで会えなかったいとこのシャーリーもここで初めて会う(なぜか彼女の旦那のジムとは二度目なのだが)そして18年前にも会ったいとこのスーザンとその旦那のカールもやって来た。カールとは一番FBで繋がっているが、もとは18年前に一度会っている。気さくないい奴という印象が強い。どの人も僕の存在を知っていてよく来たなとばかりにハグをして来るあたりもアメリカっぽいよなと思った(僕はハグって嫌いじゃないけどね)。

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叔母の葬儀の祭壇、真ん中の黒いのが骨壷


 さて、葬儀だがそれ自体は斎場で行われた、斎場の中に祭壇が作られ、それも言っては失礼かもしれないが非常にシンプルなものだった。生前の写真も飾られている。中央には黒いセラミックで作られた骨壷もあった。日本の骨壷のように丸くはない。ご遺体はすでに焼かれて骨となり、その骨を祭壇に置いて葬儀が始まる。当たり前だが通夜と告別式の二段構えではない。正直言って「え、こんなものでいいの?」とさえ思ってしまったが所変われば品変わる、言葉も文化も変わるんだから葬式だって変わっていてもおかしくはない。


 全員が着席するとまずは賛美歌を歌い、その後聖書の一節を詠唱。文章にすればそれだけなのだがだいたい1時間ほどで終わってしまった。この1時間のために僕は片道14時間のフライトを含めた長い長い旅をしたのだ。この1時間があっけないとは言わないが、想像していたよりは短い時間だったことは言うまでもない。墓地の墓石の前で神父と一緒にアーメンなんていった映画で腐るほど出て来るシーンはまるでなかった。

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アメリカの親族、誰が誰とは書かぬが四人のいとこが全て揃っている


 せっかく日本から来たので何か一言と頼まれたので、自分のたどたどしい英語で5分ほど伯母の思い出などを語ってはみたが後になってあああれも言っておけばよかった、こんな思い出もあったと思い返すほど適当に緊張はしていた。


 葬儀が終わると早々にスーザン夫婦とロバート一家は帰って行った。他の親戚たちは歩いて行けるゲイリーの家に集まったが、そのあとはほとんどパーティーも同然だった。亡くなった人を悼む気持ちには違いはないのだろうが、これはこれでアメリカ風なんだなとつくづく感じたものだ。

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ゲイリー家のペット、名前はベル

 こうして午後はファミリーがみんな集まり談笑で盛り上がり飲み食いをしてそれぞれ少しずつ帰って行った。みんなが帰って行った後ゲイリーと二人で前日ロバートに連れて行ってもらったワイオミング・バレー・モールへ行き、JCペニーやOld Navyで母やママのお土産を買ったり、ペットショップでちょっと奮発してわんこの服を買ったりと忙しい時間を過ごした。

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ワイオミング・バレー・モール、平日夜という時間帯からして客はまばら


 その晩はゲイリー一家(パット、アーロン、ライアンとライアンのGFのギャビーまでやって来た)とワイオミング・バレー・モールで待ち合わせ、ステーキハウスで夕食をとった。このステーキハウスの隣の店がウォーター・スシという変わった名前のお店で、店の看板にはでかでかと「水」と書かれているあたりがアメリカだぁと思ったものだ。多分日本には「水寿司」という漢字三文字の名前の店はないんじゃないかな。またこのモールの道路向かいにあるマクドナルドは1960年代のマクドナルドを再現した妙にアメリカンレトロという言葉の似合うヘンテコな店だった。

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ステーキ食べたお店、バッファローチキンが売りらしい


 こうしてアメリカ最後の晩までなんだかんだと変わった物をみてはああここはアメリカなんだなと感じるのを楽しんでいた。


 食事も終えて家に戻ると翌朝は早いということもあって荷物のパッキングをし直し、早々に就寝■


by fibich | 2018-04-16 01:30 | 旅の話 | Comments(0)

ラーレの花

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 今年は桜があまりにも早くて戸惑っている間に散って行った。当たり前だが他の花も皆同じである。通常なら4月中旬過ぎてようやく咲き揃う横浜公園のチューリップももしかしたらもう咲いているかと思いわんこを連れて早速出かけて見た。

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 以後、横浜公園で撮ったチューリップとわんこの写真。この日は穏やかないい天気で横浜公園も大勢の人がやって来ていた。因みに横浜公園は市民だったら大抵の人は知っているが横浜スタジアムのあるあのあたりを横浜公園という。ほとんどはスタジアムだがスタジアム以外のものもある。この横浜公園では毎年春になるとチューリップがたくさん植えられて、チューリップ祭りなるものも開催されている。

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 このチューリップも今年はいつもより早く、早々に散ってしまっている品種もあったがほとんどが見頃のグッドタイミングだった。


 そしてチューリップというと我が家ではラーレだ。ママのブログでも紹介されていたと思うのだがラーレという名前はトルコ語でチューリップのことをいう。チューリップはオランダがすぐにイメージされるが、原産はトルコで、トルコの国花でもある。最大都市イスタンブルでは春のこの時期に同じように「ラーレ祭り」という祭りもある。トルコへ行くと至る所でチューリップを見かける。タイルの模様、チャイカップなどはすべてチューリップの形だ。


 そんなわけでもないのだがやっぱりチューリップをバックにするとラーレも映える。もちろんわんこ3頭で撮っても同じ。

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今日の主役はラーレ

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 写真を撮っているとわかるがチューリップは比較的撮りやすい。そしていろんな撮り方がある。横浜公園には大勢のカメラマンがやって来ていて思いおもいに写真を撮っていた。僕の撮り方は被写体のわんこをチューリップの前に座らせて望遠レンズでほぼ花の高さから撮るごくありきたりな撮り方だ。

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 一通り写真を撮ると小腹が減ったのですぐ近くにある中華街へ。このところ中華街はわんこと入れる店が増えており(おそらくはちゃんとした手続きなどは取っていないのだろうが)ちょっと探せばわんこと入れる店はすぐに見つかる。探さなくても店の方から「わんちゃんOKですよ」と声をかけて来るくらいだ。


 ということでまずは大通りに面したところにあった北京ダックのお店(ひと口350円で食べられるが、いつ食べたんだろうというのが正直な感想)で北京ダックを食べ、そのあと裏路地をフラフラしていると案の定声をかけられたのでそのお店で麻婆豆腐ランチを食べた。店の名は市場通りの「保昌」という店。昔からある店だ。ここの麻婆豆腐は広東風で中華街でよくあるピリ辛の麻婆豆腐(これが僕好み)とは違って味の濃いちょっと甘めのものだった。これはこれで病みつきになりそう。


 食事が終わると中華街をふらふら歩き回り、再び横浜公園に戻ってまた写真撮影を始める。こうして地元でチューリップを堪能して帰って来た。適当に歩かされたわんこも帰って来るとクニャクニャになっていた。

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思う存分写真を撮りました

 あとで写真を見返してみるとわんこは嬉しそうな顔。ラーレはやっぱりチューリップと合うなと勝手に思い込んでこのブログに載せる写真を選んでいた。今回は絞りきれずに写真がかなり多めなのもそんな理由からだ■


by fibich | 2018-04-15 00:54 | わんこといっしょ | Comments(0)

今年のお花見

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2018年4月2日(月曜日)

 今年の春は例年にも比べて暖かく、桜はあっという間に咲いてあっという間に散って行った。だいたい我が家のあたりで桜が満開になるのが他所よりもちょっと遅めで、その週末くらいに昭和記念公園の桜が満開になる、ここの桜はときに我が家よりも1週間遅れということもある。さらにそれから1週間後くらいに千葉の久留里(父方の実家のあるあたり)で満開になり、その後1週間くらいで栃木のさくら市の喜連川公園、那珂川町の馬頭公園あたりで満開になる。なんていう桜のルートが頭の中にある。それが今年は数日ほどのズレで桜はあっという間に東北方面へと過ぎて行った。


 そんな桜の最大の見頃の時にインターペットがあり、絶好のお花見チャンスを逃してしまった。翌月曜日はお休みで、ママもわんこの歯医者の都合でお休みということもあってこの絶好のチャンスは逃せないと思い、近場の引地川親水公園へ出かけた。

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 平日だというのに公園の駐車場には入場待ちの行列ができていた。公園も平日とは思えぬほどの賑わい。天気も良く桜も満開をちょっと過ぎたあたりでまだまだ見頃ではあった。

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この手の写真はチャイが一番よく撮れる

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 桜の花は満開というよりはすでに散り始めだった。本当に今年の桜は早すぎる。
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 我が家はこの公園に花見に来た時にいつも利用する撮影スポットがあるので、今年も同じ場所で撮影。この場所のアングルが一番桜のボリュームがよく撮れる。
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なんと近くでキジまで発見
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今年の桜は本当にあっという間

 この日はこれだけ、川沿いの散歩コースを桜を見ながらのんびりと歩いたというだけの事だが、ことしのお花見はこれ一度だけだったかなと思うとちょっと寂しい■


by fibich | 2018-04-12 20:34 | わんこといっしょ | Comments(0)

Interepets 2018 (2)

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 今年のインターペット2日目の様子。


 土曜日よりも人出が多くいつも利用している駐車場は長蛇の列が伸びてしまいヴィーナスフォート手前にある駐車場に車を止めざるを得ない有様だった。インターペットは催しそのものが大きくなっても駐車場の問題が解消できていないようにも思える、

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 二日目は特に予定を入れずとにかく展示を見て写真を撮ることに専心する。時折知り合いとばったり会ったりして、こういったのがイベントの楽しみだなと思った。この日はママが連絡を取り合い虎鉄くんファミリーとも会うことができた。時tに1年ぶり。我が家が最も会いたい家族のひとつでもある。


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左からにこちゃん、虎徹くん、ころっこちゃん
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板挟み真ん中コンビ結成


 我が家の今回のターゲットはフードやサプリがメインで、それを中心に見て回るが聞いたことのないブランドは当然のこと、昔お世話になっていたブランドのブースなども出ていて見て回るだけでも忙しかった。とても1日では見て回れなくなったというのが今回の感想だ。前日と同じで食事には困ったが偶然にも前日も会ったハロちゃん一家がいて、座席も空いていたので食事もできた(ただし注文したカレーは恐ろしいくらいの不味さだった)

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ハロちゃん一家のキッカちゃん

 昼食を終えるとあとはラストスパートでとにかく一つでも多くの撮影スポットを探し、一つでも多くのブースを見て回り時間ギリギリまでインターペットを楽しむことにした。

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バビロン一家の陸ピーとエルマ
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けだまちゃんとも会えました
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 ところで、最後にこれはメーカーを責める訳ではないのだが、この手のイベントではおなじみのゴン太の巨大バッグというのがある。大きくてとても便利、この手のイベントではいろんな試供品をもらうのでそんな時には必要不可欠なアイテムでもある。しかしあのバッグを肩から下げるとかなり後ろにはみ出て、またその高さからカートに乗っているよそのわんこを直撃する。人混みをすり抜ける時にあのバッグでカートに乗ったよそのわんこをぶっ叩いていることにどれだけの人が気づいているのだろうか、ほとんどの人はそれに気づいていないだろう。あのバッグを肩から下げておきながら全く周囲に気遣いをしない者が問題だと思う。


 メーカーは非難できないが、もらった側が気遣うなんてこともないだろうからやっぱり配った側で注意を促すくらいのことはしてもらいたい。

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今回の最大の収穫はこのブースのケアサービスとクリームでした

 駐車場の問題や大きくなりすぎてどうしても2日がかりになってしまうなど問題も大く、来年も行くかと問われると正直「行きたくない」と言いたくなるようなイベントだったが、それでも滅多に会えない人に会えることを考えるとそれだけでも行く価値はあるのかなと思う■ 


リンク
メルノエル(わんこの肉球ケア、水素バーム)


by fibich | 2018-04-12 20:28 | わんこといっしょ | Comments(0)

2018年3月(3)

5:葉山・逗子


 我が家はわんこのフードにローフードを混ぜて与えている。そのフードはイベントなどでも毎回登場するDiaraで調達しているので定期的にDiaraのある葉山まで出かけている。場所は葉山とは行っても一色住宅というどちらかというと山間の場所。我が家からはそれほど遠くはないが、途中には鎌倉や逗子などがあり、休日は道路が非常に混雑するのでだいたい横々道路を使って行くことが多い。


 わんこも何度となく連れて行き、ここに来れば(試食の)おやつをたくさんもらえるということは知っているのだろう。特に大好きなお兄さんお姉さんが迎えてくれると大喜び。


 ここに来るとフードに混ぜる馬肉ベースのローフードとおやつを2袋ほど買って帰る。おやつは高級なのでちょっとずつ与えているがこれまでにラーレが盗み食いをした際は一度に一袋まるまる食べてしまうくらいのものだ。


 この日は気温も高くよく晴れていたので葉山からの帰りに逗子にあるなぎさばし珈琲店で少し遅めの昼食をとった。この店は駐車場に3時間まで車を駐めることができるのですぐ横にある逗子海岸で写真を撮る。

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逗子海岸というとこの石碑
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みんなニコニコ

 このところ出かけると砂浜で遊ばせることが多いが、我が家のわんこはとにかく砂浜が好きなんだなと思うほど大喜びだ。それだけでもここに連れて来てよかったと思う(決してきれいな砂浜とは言えないが)。


 この後は家へ直行だが、鎌倉へ向かう道路が渋滞して帰りはだいぶ遅くなってしまった。この渋滞どうにかならないものかとも思う■


by fibich | 2018-04-12 19:43 | わんこといっしょ | Comments(0)

突然訪米記(4)

 突然訪米記の4回目。前回はJFKに到着し、伯母が住んでいたワイオミングに到着するまでのことを書いた。今日はその翌日11月13日月曜日のこと。


 翌朝7時半ごろ目がさめるとすぐにゲイリーに「これから買い物に行くから一緒に行くか」と誘われる。パットにベーコンと卵を買ってくるように言われたらしい。早速車に乗り込んで近くのスーパー、プライスチョッパーに行く。着いたのが8時前でこんな朝っぱらからスーパーが開いているってのも、しかも自分が住んでいる横浜よりもずっとイナカのこの街でもというのが驚きだ。

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ルートビアさえあればOK,アメリカではダイエットタイプもある

 滞在中飲み物に困らぬようにルートビアとポテチを買って戻ってきた。時間があればスーパーをあれこれ見て回りたいのだがそこは流石にゲイリーのスケジュールに合わせる。


 ゲイリーは午後から仕事があるというので昼前くらいから伯母の旦那の家に行くことになった。この伯母の家は前日の晩にも近くを通っている、18年前にここに1ヶ月近く滞在していた懐かしい場所。そして伯母の旦那はアールという名前だが、僕はいつも彼のことをDadと呼んでいた。僕にとってはアメリカの親父だ。そんな親父との再会もできた。家には従兄弟のロバートもいた。


 ここでもう一度従兄弟について書くが、僕にはアメリカに4人のいとこがいる。一番上が長女のシャーリー、その次がゲイリー、その次にロバート、末っ子は次女のスーザンだ。18年前にはゲイリーとスーザンには会っているが、ロバートとはオンライン上でのやりとりしかなく、シャーリーに至っては電話で話したことくらいしかなかった。ただ去年までには4人のいとこたちとはFBで繋がっていた。


 親父の家に入るとロバートの嫁のジェニファーと娘のレイトンがいた。親父は奥に座っていてさすがに18年の歳月を経てだいぶ年老いた感じもした。何よりも耳が遠くなっていた。初めて見る親戚、特にレイトンとは血が繋がっているんだと思うとなんとも変な感じだ。アメリカの家族は伯母以外全員日本語が話せず、。ロバートが一人自分のルーツでもある日本を意識していて日本語を勉強中とのことだったが、字が読めるか読めないか程度のものだった。

 久しぶりに親父の家に入ると親父が僕が来たら見せたかったものがあると奥に通してくれた。18年前にはプール台が置かれていた物置はいつのまにか部屋いっぱいのジオラマになっていた。

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親父の趣味もここまで来たかとビックリ

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手前の青い家は親父の家のミニチュア

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奥にいるのがアメリカの親父、御歳94歳

 部屋の隅にはドローンが置いてあり、これが親父の最近の楽しみだとも言っていた。歳はとっても中身は変わらないあの時の親父だった。このジオラマの家や列車などすべて出来合いを買ったのではなく紙と木で作ったというから驚きだ。18年前にこの親父に「ロードサイド・アメリカ」という巨大ジオラマのテーマパークに連れて行ってもらったことがあったが、まさにそれを思い出した(ちなみにそのテーマパークは今年になって売りに出されることが決定している。)


 その後滞在中にいつもいた裏庭に回って見たが、すっかり荒れていてなんだか見るんじゃなかったなと思うばかりだ。

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18年前はここでバーベキューもした裏庭

 この後お昼過ぎから食事に出かけようという話になり、しばらくの間は親父の家にいた。その間にゲイリーの息子のアーロンがやって来た。我々世代の子供に当たるうち、昨晩ゲイリーの次男ライアンと会い、朝レイトンとも会ったがゲイリーだけが成人で子供の頃の姿を覚えている。僕が18年前に来た時はまだアーロンしかいなかった。


 どちらにしてもアメリカ側の親戚はそれなりにつながりもあり、日本にいる今では音沙汰が全くなくなったいとこ達を考えると情けないとまで思えるくらいだ。


 その後まずは斎場での打ち合わせがあり、それが終わるとアーロン、ゲイリー共に仕事があるので別行動に、それにしても母親が亡くなったのにもう仕事に出るとは、こういったところは日本とアメリカでの習慣の違いなのだろう。僕とロバート一家、それと親父の5人で近くのショッピングモールへいく。近くとは言っても車で20分ほどのところにある付近で最大の街、ウィルクスバレにあるワイオミング・バレー・モールというショッピングモールだ。ここには18年前もよく来ていて当時はカルフールなどもあったし、スーザンはここでデパガとして働いてもいた。


 昼食はこのモールにあるレッドロビン(全米にチェーンのあるレストラン)でハンバーガーを食べる。だいたいポテトとドリンクはお代わりができるのでここぞとばかりにルートビアを楽しんだ。

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レッドロビンで食べたハンバーガー

 この後ジェノファーとレイトンは先に宿に戻り、僕とロバートと親父の3人でショッピングモールに戻り、明日着る服を探す。ショッピングモールにはJCペニーはもちろん、日本では撤退したOld Navyもあった。そのほかにも事務用品専門のステイプルなどもあり、適当に買い物をする。以前ほど服には割安感がなかったが、それでもサイズが豊富なだけ助かる。


 その後はロバートと親父の所用(銀行など)に付き合い、夕方暗くなってからはゲイリーが働いているピザ屋へ向かう。ここで親戚が集まり夕食となった。さらにこの日はアーロンの誕生日ということもあって誕生日パーティーを行う。このパーティーの後はさらに隣町でサッカーの試合を見に行くことになっていたのだが、僕はあまりに疲れてしまい先にゲイリーの家に戻った。

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ゲイリーが働くピザ屋、ピザ・ラヴン

 この1日で18年前によく連れて行ってもらった場所にも行けた。感想としては日本ではそれだけの年月が過ぎれてすっかり変わってしまう町やショッピングモールもアメリカでは変わり方が遅く、ああこんな場所が、こんな店があったと往時を懐かしむことができた。同時に自分も歳とって思うように体が動かなくなったなと痛感した。ロバートにゲイリーの家まで送ってもらいしばらくは一人きりで留守番をしていたが程なくライアンが帰って来た。しばらくするとゲイリー達も帰って来てちょっとした団欒タイムになり、その後すぐ疲れもたまっていたので寝てしまった■


【次回に続く】


by fibich | 2018-04-11 22:42 | 旅の話 | Comments(0)

詩と写真の日記