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幻想と日常 ~La Fantazio kaj la Kvotidiano

突然訪米記(5)

 突然訪米記の5回目。アメリカ3日目のこと。ここに来てようやくこの訪米の最大の目的である伯母の葬儀について書く。(それ以前とこれ以降はあくまでおまけ)


 これまで親戚友人知人の葬儀には何度となく出たが、アメリカで葬儀というのは当然のこと初めてである。旅行中に葬儀に出くわすことはこれまでにインドネシアと韓国であった。インドネシア、それもバリ島はヒンズー教の島ということもあって葬儀の行列は非常に派手だった。葬儀とは思えないような印象を受けた。お隣韓国のお葬式は遺族が白装束を着たり、大声で泣きわめく役目の人がいるのが日本とは違うなと感じた(これはむしろ中国に近いのかもしれない)


 アメリカの葬儀というと映画で見たような墓地でお祈りを捧げて棺を埋めるなんてシーンが自動記述のように脳裏に浮かび、その際はやっぱり礼服じゃなきゃダメだよなと思ったので礼服だけは持って行った。しかしワイシャツの方は残念ながらこの旅行中にシワだらけになってしまい、前日急遽調達に出る有様だった。


 前日に斎場との打ち合わせもあったのだが、それでもあまりイメージは浮かんではこなかった。一番印象深かったのはゲイリーの家から歩いて3分もしないところにその斎場があったことと、斎場の前にあるワイオミング通りの向こうにはワイオミング・セメタリー(墓地)があったことだ。なので打ち合わせの時はあああの墓地でなにかするのだろうと思っていた。


 伯母は生前の遺言で火葬にしてくれと言っていたので、大きな棺桶ではなくて骨壷みたいなものを墓地に埋めるのだろうと勝手に想像していた。


 この日は午前中に歩いて斎場へ移動、向こうの親戚ご一同も大勢やって来ていた。ゲイリーの息子アーロンとライアン、昨日初めて会ったロバートの娘レイトンやロバートの嫁のジェニファー、他にもゲイリーの嫁パット側の親族、親父の親族も大勢来ていた、親父側の親族の大半はニュージャージーからやって来ていて、18年前にお披露目ではないのだがせっかくだからと親父に連れて行かれて紹介されたこともあるので顔は覚えていた。これまで会えなかったいとこのシャーリーもここで初めて会う(なぜか彼女の旦那のジムとは二度目なのだが)そして18年前にも会ったいとこのスーザンとその旦那のカールもやって来た。カールとは一番FBで繋がっているが、もとは18年前に一度会っている。気さくないい奴という印象が強い。どの人も僕の存在を知っていてよく来たなとばかりにハグをして来るあたりもアメリカっぽいよなと思った(僕はハグって嫌いじゃないけどね)。

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叔母の葬儀の祭壇、真ん中の黒いのが骨壷


 さて、葬儀だがそれ自体は斎場で行われた、斎場の中に祭壇が作られ、それも言っては失礼かもしれないが非常にシンプルなものだった。生前の写真も飾られている。中央には黒いセラミックで作られた骨壷もあった。日本の骨壷のように丸くはない。ご遺体はすでに焼かれて骨となり、その骨を祭壇に置いて葬儀が始まる。当たり前だが通夜と告別式の二段構えではない。正直言って「え、こんなものでいいの?」とさえ思ってしまったが所変われば品変わる、言葉も文化も変わるんだから葬式だって変わっていてもおかしくはない。


 全員が着席するとまずは賛美歌を歌い、その後聖書の一節を詠唱。文章にすればそれだけなのだがだいたい1時間ほどで終わってしまった。この1時間のために僕は片道14時間のフライトを含めた長い長い旅をしたのだ。この1時間があっけないとは言わないが、想像していたよりは短い時間だったことは言うまでもない。墓地の墓石の前で神父と一緒にアーメンなんていった映画で腐るほど出て来るシーンはまるでなかった。

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アメリカの親族、誰が誰とは書かぬが四人のいとこが全て揃っている


 せっかく日本から来たので何か一言と頼まれたので、自分のたどたどしい英語で5分ほど伯母の思い出などを語ってはみたが後になってあああれも言っておけばよかった、こんな思い出もあったと思い返すほど適当に緊張はしていた。


 葬儀が終わると早々にスーザン夫婦とロバート一家は帰って行った。他の親戚たちは歩いて行けるゲイリーの家に集まったが、そのあとはほとんどパーティーも同然だった。亡くなった人を悼む気持ちには違いはないのだろうが、これはこれでアメリカ風なんだなとつくづく感じたものだ。

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ゲイリー家のペット、名前はベル

 こうして午後はファミリーがみんな集まり談笑で盛り上がり飲み食いをしてそれぞれ少しずつ帰って行った。みんなが帰って行った後ゲイリーと二人で前日ロバートに連れて行ってもらったワイオミング・バレー・モールへ行き、JCペニーやOld Navyで母やママのお土産を買ったり、ペットショップでちょっと奮発してわんこの服を買ったりと忙しい時間を過ごした。

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ワイオミング・バレー・モール、平日夜という時間帯からして客はまばら


 その晩はゲイリー一家(パット、アーロン、ライアンとライアンのGFのギャビーまでやって来た)とワイオミング・バレー・モールで待ち合わせ、ステーキハウスで夕食をとった。このステーキハウスの隣の店がウォーター・スシという変わった名前のお店で、店の看板にはでかでかと「水」と書かれているあたりがアメリカだぁと思ったものだ。多分日本には「水寿司」という漢字三文字の名前の店はないんじゃないかな。またこのモールの道路向かいにあるマクドナルドは1960年代のマクドナルドを再現した妙にアメリカンレトロという言葉の似合うヘンテコな店だった。

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ステーキ食べたお店、バッファローチキンが売りらしい


 こうしてアメリカ最後の晩までなんだかんだと変わった物をみてはああここはアメリカなんだなと感じるのを楽しんでいた。


 食事も終えて家に戻ると翌朝は早いということもあって荷物のパッキングをし直し、早々に就寝■


by fibich | 2018-04-16 01:30 | 旅の話 | Comments(0)

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