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幻想と日常 ~La Fantazio kaj la Kvotidiano

突然訪米記(4)

 突然訪米記の4回目。前回はJFKに到着し、伯母が住んでいたワイオミングに到着するまでのことを書いた。今日はその翌日11月13日月曜日のこと。


 翌朝7時半ごろ目がさめるとすぐにゲイリーに「これから買い物に行くから一緒に行くか」と誘われる。パットにベーコンと卵を買ってくるように言われたらしい。早速車に乗り込んで近くのスーパー、プライスチョッパーに行く。着いたのが8時前でこんな朝っぱらからスーパーが開いているってのも、しかも自分が住んでいる横浜よりもずっとイナカのこの街でもというのが驚きだ。

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ルートビアさえあればOK,アメリカではダイエットタイプもある

 滞在中飲み物に困らぬようにルートビアとポテチを買って戻ってきた。時間があればスーパーをあれこれ見て回りたいのだがそこは流石にゲイリーのスケジュールに合わせる。


 ゲイリーは午後から仕事があるというので昼前くらいから伯母の旦那の家に行くことになった。この伯母の家は前日の晩にも近くを通っている、18年前にここに1ヶ月近く滞在していた懐かしい場所。そして伯母の旦那はアールという名前だが、僕はいつも彼のことをDadと呼んでいた。僕にとってはアメリカの親父だ。そんな親父との再会もできた。家には従兄弟のロバートもいた。


 ここでもう一度従兄弟について書くが、僕にはアメリカに4人のいとこがいる。一番上が長女のシャーリー、その次がゲイリー、その次にロバート、末っ子は次女のスーザンだ。18年前にはゲイリーとスーザンには会っているが、ロバートとはオンライン上でのやりとりしかなく、シャーリーに至っては電話で話したことくらいしかなかった。ただ去年までには4人のいとこたちとはFBで繋がっていた。


 親父の家に入るとロバートの嫁のジェニファーと娘のレイトンがいた。親父は奥に座っていてさすがに18年の歳月を経てだいぶ年老いた感じもした。何よりも耳が遠くなっていた。初めて見る親戚、特にレイトンとは血が繋がっているんだと思うとなんとも変な感じだ。アメリカの家族は伯母以外全員日本語が話せず、。ロバートが一人自分のルーツでもある日本を意識していて日本語を勉強中とのことだったが、字が読めるか読めないか程度のものだった。

 久しぶりに親父の家に入ると親父が僕が来たら見せたかったものがあると奥に通してくれた。18年前にはプール台が置かれていた物置はいつのまにか部屋いっぱいのジオラマになっていた。

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親父の趣味もここまで来たかとビックリ

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手前の青い家は親父の家のミニチュア

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奥にいるのがアメリカの親父、御歳94歳

 部屋の隅にはドローンが置いてあり、これが親父の最近の楽しみだとも言っていた。歳はとっても中身は変わらないあの時の親父だった。このジオラマの家や列車などすべて出来合いを買ったのではなく紙と木で作ったというから驚きだ。18年前にこの親父に「ロードサイド・アメリカ」という巨大ジオラマのテーマパークに連れて行ってもらったことがあったが、まさにそれを思い出した(ちなみにそのテーマパークは今年になって売りに出されることが決定している。)


 その後滞在中にいつもいた裏庭に回って見たが、すっかり荒れていてなんだか見るんじゃなかったなと思うばかりだ。

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18年前はここでバーベキューもした裏庭

 この後お昼過ぎから食事に出かけようという話になり、しばらくの間は親父の家にいた。その間にゲイリーの息子のアーロンがやって来た。我々世代の子供に当たるうち、昨晩ゲイリーの次男ライアンと会い、朝レイトンとも会ったがゲイリーだけが成人で子供の頃の姿を覚えている。僕が18年前に来た時はまだアーロンしかいなかった。


 どちらにしてもアメリカ側の親戚はそれなりにつながりもあり、日本にいる今では音沙汰が全くなくなったいとこ達を考えると情けないとまで思えるくらいだ。


 その後まずは斎場での打ち合わせがあり、それが終わるとアーロン、ゲイリー共に仕事があるので別行動に、それにしても母親が亡くなったのにもう仕事に出るとは、こういったところは日本とアメリカでの習慣の違いなのだろう。僕とロバート一家、それと親父の5人で近くのショッピングモールへいく。近くとは言っても車で20分ほどのところにある付近で最大の街、ウィルクスバレにあるワイオミング・バレー・モールというショッピングモールだ。ここには18年前もよく来ていて当時はカルフールなどもあったし、スーザンはここでデパガとして働いてもいた。


 昼食はこのモールにあるレッドロビン(全米にチェーンのあるレストラン)でハンバーガーを食べる。だいたいポテトとドリンクはお代わりができるのでここぞとばかりにルートビアを楽しんだ。

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レッドロビンで食べたハンバーガー

 この後ジェノファーとレイトンは先に宿に戻り、僕とロバートと親父の3人でショッピングモールに戻り、明日着る服を探す。ショッピングモールにはJCペニーはもちろん、日本では撤退したOld Navyもあった。そのほかにも事務用品専門のステイプルなどもあり、適当に買い物をする。以前ほど服には割安感がなかったが、それでもサイズが豊富なだけ助かる。


 その後はロバートと親父の所用(銀行など)に付き合い、夕方暗くなってからはゲイリーが働いているピザ屋へ向かう。ここで親戚が集まり夕食となった。さらにこの日はアーロンの誕生日ということもあって誕生日パーティーを行う。このパーティーの後はさらに隣町でサッカーの試合を見に行くことになっていたのだが、僕はあまりに疲れてしまい先にゲイリーの家に戻った。

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ゲイリーが働くピザ屋、ピザ・ラヴン

 この1日で18年前によく連れて行ってもらった場所にも行けた。感想としては日本ではそれだけの年月が過ぎれてすっかり変わってしまう町やショッピングモールもアメリカでは変わり方が遅く、ああこんな場所が、こんな店があったと往時を懐かしむことができた。同時に自分も歳とって思うように体が動かなくなったなと痛感した。ロバートにゲイリーの家まで送ってもらいしばらくは一人きりで留守番をしていたが程なくライアンが帰って来た。しばらくするとゲイリー達も帰って来てちょっとした団欒タイムになり、その後すぐ疲れもたまっていたので寝てしまった■


【次回に続く】


by fibich | 2018-04-11 22:42 | 旅の話 | Comments(0)

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