【2017年5月5日(金)】

 二日目の宿があった岩泉町は岩手県の中東部に位置する。平坦な農耕地はほとんどなく町の領域の大半は山地で主な産業は林業と観光業だ。岩手県ということもあって同じ県内の平泉と間違われやすい

岩泉は広大な面積を誇り、日本の都府県では最も大きな面積を持つ岩手県のおよそ15分の1の割合を岩泉町が占めている。無論日本で最も大きな(面積の広い)町でもある。しかしその数に反比例するように人口は年々減少の途にある。

 先の大震災の際には沿岸の小本地区が甚大な被害を受けたが、それ以上に記憶に新しいのが去年の夏の台風被害だ。気象観測史上初の東北地方を海から直撃した台風で岩泉は小本川沿岸で壊滅的な被害を受け、老人ホームで9人の犠牲者が出た事故などが発生している。町の貴重な観光資源でもある龍泉洞も水没し、地底湖の水も濁って半年以上の閉洞を余儀なくされた。

 岩泉はその前にも台風で被害を受けている。2010年にも台風で土砂災害が発生しJR岩泉線が脱線事故を起こしている。この岩泉線は山田線の茂市から岩泉まで通っていた盲腸線だ。その後復旧もできずそのまま廃線となってしまった。廃線になるまでの経緯はいろいろとあるが最初の原因は土砂災害である。その当時岩泉線は日本で一番一日あたりの輸送人員が低かったということもあり、無理に復旧させたくないというJRの意向がそのまま通ってしまったのだろう。


 宿のある大川の集落にも岩手大川という駅があった。当然行ってみたところで列車はもう来ないのだが、廃線になっていなくても一日2~3本しか運行されていないのでお目にかかることはなかっただろう。


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◆岩手大川駅跡で
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◆岩手大川駅前

 度重なる災害や岩泉線の事を考えると岩泉という場所はなんとも明るい話に乏しいようにも感じるが、一方で震災後の小本地区の復興や龍泉洞の営業再開などなど、悪いままでもないこともわかる。とは言ってもこの岩手大川駅の跡を出て龍泉洞へ行くまでの間は至る所で道路工事が行われていて今だ去年の傷跡が残っていることもわかる。大川屋旅館の前の道路も旅館のすぐ先で道路は通行止めになっていた。


 小一時間ほどで龍泉洞に到着、去年の台風被害で3月まで閉洞していたのだがそんなことを感じられないくらい人出も多くて賑わっていた。


 ここはさすがにわんことは一緒には入れないが、入口にある事務所(入場券売り場の奥)でわんこを預かってくれるのでそこでお願いをして預かってもらうことに。

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◆ということでわんこは事務所でお留守番

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◆龍泉洞のわき水飲み放題

 今年3月まで閉洞していたこともあって中はちょっと心配だったのだがそんなことはあまり感じさせないくらい神秘的な世界が広がっていた。


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◆青い色は照明の色が青だから
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◆洞内がハートの形に見える場所がある

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◆地底湖

 洞内をどんどん進んでいくと最後は地底湖のある場所までたどり着くのだが、正直言って地底湖は確かに美しいがまだ水は通常時よりも濁っているかなと思った。龍泉洞の地底湖は世界一の透明度をバイカル湖と競い合うくらいのものなのだが、写真で見てもわかるがとても世界一とは思えない。まだまだ水が澄み切るには時間がかかるのではないだろうか。とは言っても十分に美しい。


 ゴールデンウィークということもあって洞内の順路は通常とは違っていたのだが、たいていの人はこの地底湖を目当てにやって来る。


 龍泉洞を出るとわんこを連れて記念撮影。


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◆まずは入口で記念撮影

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◆いつの間にかこんなものができていた

 龍泉洞ではお土産も買ったが、ここで買っておいて本当に良かったと思うくらいこの後お土産屋とは縁がなかった。しかし龍泉洞に行って買ったお土産が大船渡名物「かもめの玉子」というのも変な話なのだが。龍泉洞を出る時点ですでにお昼になっていたので先を急ぐ。この日の宿は遠野、またシャレにならないほど遠い場所だ■


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【2017年5月4日(木)】

 三陸旅行二日目の宿は岩手県岩泉町だった。ここの大川屋旅館がわんこと一緒に泊まれるという情報を得て問い合わせてみたところOKだったので予約を入れた。楽天などの宿泊予約サイトにも載らない川釣りの宿だ。

 茂市から山の中を延々と走ること1時間半ほどで宿に到着。この宿のある大川という集落は町の中心部の岩泉からも離れていて本当に知る人ぞ知る場所である。宿のすぐ後ろには大川が流れ、夜に到着したときは川の流れる音ばかりが耳についた。ここで生まれた人はきっとこの川の流れる音を聞きながら育ったことだろう。

 宿に入るとまずは部屋に通される。トイレと風呂は共同ではあるが部屋は8畳間が二つの本当に贅沢な和室だった。

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◆大川屋旅館の和室

 わんちゃんは自由にさせていいですからと言われたが、さすがに粗相などをされると困るので必要最低限の事はしたが、宿の中も自由に歩かせてくださいと言われて逆に戸惑う。その自由さといったら去年暮れに止まった南紀白浜の「犬御殿」以上である。探せばまだこういった宿があるんだなと思った。それには事情もあった。

 夕食がすぐに用意されていて1階の居間に通されるが、想像以上にすごい料理でびっくり。さらにご飯は松茸ご飯だった。

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◆大川屋旅館の夕食

 山間の宿だけに山菜もあれば、さすがに三陸海岸にも面している岩泉だけのことあって新鮮なホヤの酢の物やカレイまで出てきた。さらにこの宿を定宿にしている釣り客の方のご厚意でヤマメの唐揚げまで出てきた。

 暗くなってからの到着だったので周囲は静かでお散歩にも出てみたが本当に人っ子ひとり見かけないほどの山村の集落だった。部屋から聞こえてくるのは川のせせらぎの音だけでそれが却って気にかかるくらいに静かなところだ。

 部屋でのんびりとしていたがママは疲れたのかわんこ共々さっさと寝てしまい。僕は僕で連休の特番なのだろうがNHKで星野源が生放送をやっていたのでそれに見入っていた。なんだか気分が和らいだところで就寝。

 この日の移動は多賀城を出て女川→南三陸(歌津)→気仙沼→陸前高田→大船渡→山田→茂市→岩泉とかなりの長距離移動だった。


後半はこちら
【2017年5月4日(木)】

  宮城と岩手の県境はあっという間に通過してしまった。唐桑峠というその道には以前は峠の茶屋などもあってああ越境するんだなという雰囲気があったのだが、長いトンネル一つ抜けるだけで峠越えの儀式みたいなものは何ひとつなくあっという間に岩手県に入ってしまった感じがした。

 トンネルを越えてしばらく坂を下るともう陸前高田に入ることは知っていたが、自分の知っている道を通った記憶がない。いつの間にやら知らない場所に入り込み、ここが陸前高田だと唐突に言われてしまったような感じがする。遠くにあの有名な「奇跡の一本松」が見える。

 陸前高田はご存知の通り、先の震災で甚大な被害を受けた場所だ。更地に盛り土をしてこれから土地の区画を新たにすることになっているのだが、何もかもが流されてしまった上に盛り土をして土地を高くしている為に元の面影なんてまったく感じられなかった。いつもこの町に入ると車を洗っていた洗車場も、通りにあったお店も美しかった松原もすべては夢だったのだと言わんがばかりにその姿を消していた。

 陸前高田は大学時代の友人の実家があり、何度となく訪ねた場所だ。そして必ず松原には立ち寄っていた。友人の実家も津波で流されてしまったが家族は全員無事だとは聞いていた。あんなに好きだった三陸をこれだけご無沙汰にしていたのは自分の好きだった思い出の場所が変わってしまった姿を見る覚悟ができなかったからだ。北海道をご無沙汰しているのとは全くわけが違う。

 ある程度の覚悟はして来たつもりだったが、現実はあまりにも想像を超えていて思わず目を背けたくなる風景が続いていた。この陸前高田の前、気仙沼でも同様の風景は見かけた。しかし陸前高田はこれまでとはレベルが違っていた。結局車を駐めて立ち寄ることもせずに先にある大船渡へと向かった。

 当初の予定では三陸海岸を北上し大船渡、釜石、山田、宮古の景勝地に寄りながら最終的には宿を押さえた岩泉へ行くことにしていたのだが、さすがに時間がなくて次がこの日最後の観光地となる。それは大船渡にある「穴通磯」である。

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◆名勝・穴通磯

 この穴通磯は僕が初めて住み込みバイトで三陸の宮古に行ったとき、陸前高田の友人が連れて行ってくれた場所だ。この時はこの穴通磯とこれまた有名な碁石海岸、なぜか「かもめの玉子」のさいとう製菓にまで連れて行ってくれた。今回は碁石海岸には行けなかったがこっちの穴通磯はどうしても譲れなかった。

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◆はたしてわんこはこれを見てどう思ったのだろう

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 震災で変わり果てた町がある一方。ほとんど変わらない景勝地があったりでそれらを見ては一喜一憂する。この日はとにかく運転疲れもあったがそれ以外にも色んな意味で疲れる一日だっただろう。

 この後大船渡から釜石へ、一部三陸道が開通しているのでそれを利用する。釜石の次は震災の時に町長まで津波の犠牲になった大槌へ。大槌には井上ひさしの小説で有名な「吉里吉里」という場所があり、こちらも高田松原同様行けば必ず立ち寄っていたのだがここもあまりに変わりすぎてしまい全く止まることなく通過した。

 大槌を通り過ぎると次は山田、こちらも町中はほとんど通過してしまった。降りるのが辛いということもあるが時間がないというのが最大の理由だった。山田の次は宮古に入るが、宮古市内の賑やかな場所に着く前に今度は国道106号線を盛岡方面へ、閉伊川沿いを西へと進み茂市という場所から今度は国道340号線に入る。かつて岩泉線というローカル線があったその線路沿いを岩泉に向かって走る。山間の集落はとうに日も暮れてだんだんと暗くなり心細くなるばかりだった。

 この日の宿は岩泉にある大川屋旅館という宿。岩泉からは結構離れていて去年大洪水で多数の犠牲者を出した小本川の支流、大川に近くにある宿。予定の時間を大幅に遅れて午後8時に到着した。この宿についてはまた次回と言うことで。

 今回の旅行では先にも書いたように被災地の変わり果てた姿にばかり気を取られていたのだが季節はちょうど山桜の時期でどこへ行っても満開の桜の木を目にすることができた。近所のソメイヨシノもいいものだが山中にぽっと色を添える山桜もいいものである■

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次回につづく

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【2017年5月4日(木)】

 女川を出て石巻まで戻ると再び三陸道に入ってさらに北上。この三陸道というのもかつてからの三陸地方の悲願でもあったのだが、震災をきっかけにぐっと現実化されていくように感じられた。仙台からまずは南三陸まで登米を通って開通している。津波の被災地として名が知られるようになった南三陸町はかつては志津川町、歌津町の二つの町だったが平成大合併の際に合併して南三陸町という名前となった。この合併前、まだ志津川と歌津の二つの町だったときに何度かここを通過している。志津川は南側、歌津は北側、そしてさらに北へ進むとかつては本吉町に入り、その後気仙沼市に入るのだが、本吉は気仙沼に編入されてしまいいきなり南三陸の北は気仙沼である。

 三陸道の終点はこの志津川の北端あたりで国道に出てちょっと走れば旧歌津町だ。ここから一般道の国道45号線に入る。

 しばらく国道を走っていると左手にJリーグの旗がたなびいている場所があり、よく見ると人がたくさん集まっていた。イベントか道の駅だろうと思ってちょっと立ち寄って休憩することに。

 その場所は歌津駅(現在はBRTで営業している)のすぐ横にあるハマーレ歌津という新しくできた商業施設だった。特に道の駅ではないのだがせっかくなので休憩をして小腹も空いてきたので何か食べることに。

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◆ゴールデンウィーク直前にオープンしたハマーレ歌津

 この商業施設、テレビか何かで見たばかりだった事もあり、まさかそんな場所にやって来るとは思ってもいなかった。連休ということもありイベントも行われていてとにかく大勢の人がやって来ていた。ここで軽く食事をすることに。

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◆ハマーレ歌津で海鮮丼

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◆わんこもかわいがってもらいました

 食事をして適当に体を休めると先はまだ長いのでハマーレ歌津を後にした。こうして復興は着実に進んでいるなと実感をした。
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◆歌津から西表島まで流れたポスト


 次なる目的地は気仙沼。気仙沼にはかつて「とうちゃん」という名前のホームセンターがあり、そのすぐ横には「かあちゃん」という食堂があった。これが今でもあるのか気になりまずは町に入って探してみることに。

 道路は旧本吉から気仙沼に入るところで渋滞が始まり思いの外気仙沼に入るのに時間がかかってしまったが目的の「とうちゃん」は見つけることができた。と言っても本当にこの場所だったかなと疑問を感じてしまった。そして「かあちゃん」は見つけることができなかった。

 その代わりと言っては何だがその近くには「さかなの駅」という海鮮即売施設があったのでここでお昼をと思って立ち寄ってみた。

 しかしこの「さかなの駅」は言うなれば魚屋さんが集まっているだけのもので、釧路の和庄市場のようにご飯を買って市場で新鮮なネタを買って食べるという場所ではなかった。施設の人にこの近くのお店を紹介してもらったが大抵の店は2時半で一度店が閉まり、どこも悉く当てが外れてしまった。仕方がないので再びさかなの駅の中にある魚屋で出来合のお寿司を買って食べることに。

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◆さかなの駅で買ったお寿司、魚屋のお寿司だけあってネタは新鮮

 ああ、ここでまた贅沢をしてしまったとは思ったが、このお寿司は本当に美味しかった。回転寿司などは到底太刀打ちできないくらいにお寿司が楽しめた。

 三陸に来て海の幸を楽しまない手はない。多少贅沢ではあるがここでしか楽しめないものは積極的に楽しもうと決めてここまでやって来た。もしかしたらそんな贅沢の一部が復興の手助けにもなるかも知れない。

 南三陸から国道を北上し始めてから津波の爪痕を至るところで見るようになってきて、いよいよ三陸にやって来たんだというリアリティを感じるようになったが、時にあまりに変わりすぎて愕然としてしまう場所も多かった。特に気仙沼を出て唐桑峠を越えるとそれがハッキリとするようになって来るのだった■
次回につづく



 


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【2017年5月4日(木)】

  多賀城のホテルをチェックアウトしてこの日からいよいよ本格的に三陸旅行が始まる。まずは三陸道に入る前に給油。以前も書いたがディーゼルは軽油の値段が場所毎、スタンド毎で違いがありすぎて一つ隣のスタンドとはリッターあたり10円も違いがあるなんてことは珍しくない。そんな中でもここは結構安いと思う場所で給油をする。

 三陸道に入るとまずは矢本PAというこれまた質素なPAで休憩。最初の目的地は女川である。いきなり石巻はすっ飛ばして女川だ。

 宮城県在住の方なら場所の名前、位置はご存じだろうがそうでない方もいると思うので簡単に書くと仙台のちょい脇に多賀城、そこから海沿いを東に向かうとすぐに塩竃に入る。その先が石巻。石巻はこれまでに何度となく足を運んでいるが大きな町だ。そしてその石巻からさらに東に行くと女川がある。そして女川の先は牡鹿半島、金華山という観光地が有名だ。

 かつて牡鹿半島にも足を伸ばしたことがあるのでその手前の女川にも立ち寄ってはいるのだが何せ石巻と違ってあまり記憶がなく、さらに先の大震災で壊滅的な被害を被りすでに僕がかすかに覚えている女川の面影は全く残っていない。石巻まで三陸道で行き、そこから先は一般道で女川に向かう。

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◆女川駅前にて

 まずは女川の駅を目指して車を走らせる。駅の裏手には大きな駐車場があり、そこに車を駐めて駅前だけではあるが散策を開始。

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◆駅前にシーパルピア

 新しくなった女川駅からまっすぐ湊にむかってシーパルピアという商店街があり、連休と言うこともあって適当に人で賑わっていた。両脇にはいろんな商店がお土産なども含めていろいろと売っていたがわんこ連れだとなかなか店の中にまで入れない。ということで雰囲気だけ歩いて感じ取る。

 シーパルピアが終わるあたりにある海鮮専門の店では試食のコーナーがあり、そこには取れたてでまだ殻がついているホヤやツブなどもたべられたのだが、これがまたとにかく美味しい。買って帰れるものなら買っていきたいくらいに美味しかった。さすがにここまで来ると海の幸には自信があるのだろう。

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◆なにかおやつにありつけるかもと期待してます

 ここでお散歩中だったポメ連れの方とお話をした。名前は諭吉くんといってかなり大きなポメ。パパさんが言うには津波で何もかも流されそうになったときにこの諭吉くんだけは離さなかったらしい。生き延びた諭吉くんがいてくれたのですべてを失っても生きていくことができたというお話を聞いた。女川に来て震災のことなど無視はできないが、こんなお話を聞くことができたのは運の良いことだと思っている。わんこを連れて旅をすると知らない土地でもわんこを通じて地元の人とふれ合うことができるなと実感した。

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◆諭吉くん(一番左)と我が家のわんこ

 この先の予定もまだまだあるし、何よりもこの一日で岩手の岩泉まで行かねばならないこともあってあまり女川ではのんびりもできなかったのだが、せめて駅前にある足湯でちょっと休んでお土産のひとつでも(ホヤは買えないから)買っていこうと思った。

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◆駅前には足湯もある

 もとより女川の記憶はそれほどない上に、思っていたとおりすっかり変わって新しくなってしまった町を見て、自分の中にあるかつての女川の姿がさらに薄れて今の色濃くて新しい女川の姿が上書きされていった。

 もう一つ女川については書きたいことが個人的にはあるのだが、それは旅行記とは遠くかけ離れてしまうものなので書かないでおく。

 女川を去ると再び石巻まで戻り、三陸道をさらに北上した。今日の目的地は岩手北部の岩泉、まだまだ先は長かった■
次回につづく