2017年 06月 26日 ( 1 )


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【2017年5月4日(木)】

 浄土ヶ浜を離れると再び元来た道を田老方面に向かいちょっと進んだところを右に曲がる。場所の名前は崎山といいちょっとした高台に入る。

 ここから道をまっすぐ行くと名勝でもある潮吹岩があり、ちょっと立ち寄って見たのだがこの日は波穏やかで全くもって潮など吹いていないので早々に引き返す。

 さらに先に行くと休暇村宮古という宿泊施設がある。ここはもともと「国民休暇村」と呼ばれていた施設で、その頃にここで住み込みで働いていたことがあった。休暇村入り口には崎山キャンプ場というものもできていた。休暇村にはちょっと敷地に入った程度で懐かしい建物を見てすぐに出て行った。写真は一枚も撮っていないがそれでいいと思っている。

 休暇村から道は二つに分かれるので右を選んで延々と下り坂を降りる。昔働いていた時には全く何もない場所だったのにところどころ家が建っていてちょっと戸惑いを感じてしまう。おそらく震災した人の一部は二度と津波はごめんだとこんな高台を選んで家を建てたのだろう。

 しばらくすると漁港が見え、そこを左に曲がるとトンネルがある。トンネルを抜けた先が今回の旅行で僕が最も行きたかった場所、中の浜だ。

 この中の浜にはかつて「中の浜野営場」というキャンプ場があり、僕は学生時代そこでひと夏を過ごした。右も左も全くわからない、それこそ全く興味もないキャンプ生活を一ヶ月以上もすれば帰って来る頃にはすっかりアウトドアの基本は叩き込まれてすっかりアウトドア人間になっていた。

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◆キャンプ場のトイレ、震災遺構として保存されている


 このキャンプ場は夏場になると海も近いことから人気があってとても賑わう場所だ。そんな場所も先の大震災による津波で壊滅的な被害を受けた。オフシーズンでここには誰もいなかったのが幸いだっただろう。この場所でさえも高さ15メートル以上の津波がやって来た。

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◆この炊事棟には思い出がある

 震災の後、このキャンプ場がどうなったのかは気が気ではなかった。しばらくしてGoogle Earthで最新の画像が見られた時には愕然とした。全てが破壊されてしまったからだ。

 中の浜野営場は現在「震災メモリアルパーク中の浜」とその名前と役割を変えているが、僕の中ではいつまでもこの場所はキャンプ場だ。だからこの場所に車を止めた時に思わず声が出てしまった。すっかり変わり果てて見たこともないような場所にやって来て、そこから面影を見つける作業で精一杯だった。

 
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 ちょっと散策をしたのち反対側にあるもう一つのトンネルを抜けてみる。そこにはかつて海水浴場があり、その横にある売店でも働いていた。
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 夜になって近くの集落まで(歩いて10分ほど)行き、一番近くにある「前川商店」で缶ビールを二本買ってこの浜辺て寝転びながら好きなだけ星を眺めるのが好きだった。今は砂利が混じってとても砂浜とは言えない状態になってしまった。もちろん売店もない。それだけでなく前川商店も無くなっていた。言葉もなくトンネルを戻って中の浜に帰る。

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◆このあたりのテントサイトは僕が働いていた翌年に整備された

一日岩泉から田老、浄土ヶ浜など名勝に寄ったり美味しいものを食べたりして、最後はようやくこの場所までやって来ることができた。少しばかり日没が早い宮古にもそろそろ夜がやって来る。もうちょっとここにいたいという気持ちと、もうこの場所を離れたいという気持ちが複雑に入り混じる。

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◆駐車場にある一本の木には…

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◆漁業用のブイが引っかかっていた

 十分すぎるくらいに中の浜を見て歩き、そのまま隣にある女遊戸(おなつぺ)の集落に入りそこから国道へ続く道を通って宮古の街へ下って行った。この日の宿は遠野で、どう考えてももう時間には間に合わないのだがそれでも京都の街をさりがたく、道の駅に寄り道をしてから南下を始めた。

 またいつか来ればいい。そうは思っているのだがおそらくもうここに来ることはないだろうとも思っている■