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幻想と日常 ~La Fantazio kaj la Kvotidiano

遍路日記(6)

8月5日 十番札所切幡寺、十一番札所藤井寺

九番法輪寺を出るとそれまでカブと一緒だったペースとは違い、本来のペースで十番切幡寺に向かった。法輪寺からは二キロ弱の距離である。八十八カ所の順打ちは一番から十番まではこのように寺と寺の間がそれほど離れてはおらず、歩き遍路にとっても平坦な道を歩くので苦痛にならない。

山門前の駐車場にバイクを止めると山門まで緩い坂になっていることに気づく。これが試練への道のりであった。やがて目の前に階段が立ちはだかり「是より三三三段」と書かれてあった。遍路旅を始めて最初の試練らしい試練。三三三段の石段は登れども登れども先が見えず、夕暮れ迫りヒグラシが五月蠅いほどに鳴く中をゼイゼイ言いながら登る。途中に手水鉢があったがここはまだ半分も登っていないところにある。まだ水をいただくには早いと思いさらに先を急ぐもここから先がいよいよ本番とばかりに延々と続く。とにかく大袈裟かも知れないが延々と続くという言い方がぴったり来る。

息も絶え絶え階段を上りきると本堂が待ちかまえ、なんともありがたいという気分にさせてくれた。水場で手を清めると水の冷たさが心地よい。口に含む水さえもありがたく感じるくらいであった。この石段も金剛杖があったからこそ登れたもので、金剛杖がなければもっと登るのに時間がかかった事であろう。八十八カ所にはいくつか嫌がらせだろうと思ってしまうほどの長い石段があるのだが、この切幡寺の石段はそんな中でも非常に印象深いものであった。お参りを済ませると同じように息も絶え絶えで登り切ってくる遍路さんがいたが、これもまた修行なのだと皆同じように思っている事だろう。ご苦労様ですという言葉を交わして億劫にも感じられる下り階段をまた三三三段下りていった。鬱蒼と茂る木々の中の長い石段は登りの時と違い心地よい風が吹いている事にやっと気づいた。

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切幡寺に続く長い階段


バイクに戻るとまだ時間が残っているので思い切って十一番札所藤井寺まで行ってみようと思い立った。バイクを飛ばし、いくつもの案内標識に導かれ、途中で二度ほど四国名物の沈下橋を通過しても写真さえ撮る暇もなかった。夕暮れ迫る中僕はなんだってこんなに急いでいるのだろうと思いながらバイクを走らせる。やがて町中に入り狭い路地を通ると十一番藤井寺はすぐそこ。お寺の納経受付時間は五時で終わりなのでそれまでが勝負。

藤井寺に着くとちょっと五時を過ぎていたがまだ納経所が開いていたので先に納経をすませてあとで罪滅ぼしの意味も兼ねゆっくりとお参りをする。この寺から次の十二番札所焼山寺までは遍路ころがしと言う歩きだととても険しい山道を歩かねばならず、境内の本堂の裏から遍路道が続いていた。

お参りが終わる頃にはすでに納経所も閉まっており、そのまま静かに寺を後にする。駐車場に戻るとどっと現実が押し寄せる。それは今日の宿である。

予算の都合で僕は三日に一度だけ宿に泊まり、残りの二日は野宿と決めていた。ところがいざ野宿をするとなると心構えができていない。五時になるまではお参りをすることばかりを考えていて、宿の事など頭の中にはなかったのである。

ツーリングマップを見ながら近場を検索すると吉野川から山中に入ったところにあるヘルスランド美郷という温泉保養所でキャンプをさせてもらえると知り、とにかく明るいうちに到着しようと一心不乱にバイクを走らせる。山道にはいるとカーブや勾配がきつくなりみるみる内に吉野川沿いの町並みが手に取るように見えてきた。

しばらく走ると目的地のヘルスランド美郷が見え、管理人にキャンプができるか訊ねてみると、以前はバンガローを経営していたが現在はそれもしていないとの事だった。アテがはずれてしまった。一応アテがはずれたらステビー(ステーションビバークのこと。つまり駅寝だ。)も考えてはいたが、険しい山道を戻るとなるとそれも億劫である。六番安楽寺の駐車場で見た種田山頭火の句を思い出す。

暮れても宿がないもずが鳴く

管理人さんはバンガローはないけど駐車場でよければキャンプしてくださいと言ってくれたのでお言葉に甘える事にした。荷をほどきテントを設営すると早速風呂にはいる事にした。この施設には天然温泉もあるのである。日中どんなに汗をかいても、それこそ切幡寺の長い石段を登って全身汗だらけになっても最後に風呂には入れれば万事OKなのである。施設で夕食もとる事にした。値段は普通の食堂よりもはるかに安く、入浴だけの客もほかに見受けられた。僕を遍路と見受けると食堂のおばさんがシソジュースをご接待してくれた。

その後施設の管理人さんとロビーでテレビを見ながら話し込み、九時半頃にテントにもどった。管理人さんが言うには今日は僕のほかに自転車の遍路が三人泊まっていて明日朝早く十二番焼山寺へと向かうのだと言っていた。

駐車場のアスファルトは長い日中の日照りを十分に吸い込み、テントの中は蒸し風呂の状態でなかなか寝付けなかったが、やがて月が遠くの山から顔を出す頃にはわずかではあるが眠りにつけた。

  つづく
by fibich | 2006-08-29 19:35 | ライダー日記

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by 遊羽(なめタン)
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