陸前高田~大船渡

【2017年5月4日(木)】

  宮城と岩手の県境はあっという間に通過してしまった。唐桑峠というその道には以前は峠の茶屋などもあってああ越境するんだなという雰囲気があったのだが、長いトンネル一つ抜けるだけで峠越えの儀式みたいなものは何ひとつなくあっという間に岩手県に入ってしまった感じがした。

 トンネルを越えてしばらく坂を下るともう陸前高田に入ることは知っていたが、自分の知っている道を通った記憶がない。いつの間にやら知らない場所に入り込み、ここが陸前高田だと唐突に言われてしまったような感じがする。遠くにあの有名な「奇跡の一本松」が見える。

 陸前高田はご存知の通り、先の震災で甚大な被害を受けた場所だ。更地に盛り土をしてこれから土地の区画を新たにすることになっているのだが、何もかもが流されてしまった上に盛り土をして土地を高くしている為に元の面影なんてまったく感じられなかった。いつもこの町に入ると車を洗っていた洗車場も、通りにあったお店も美しかった松原もすべては夢だったのだと言わんがばかりにその姿を消していた。

 陸前高田は大学時代の友人の実家があり、何度となく訪ねた場所だ。そして必ず松原には立ち寄っていた。友人の実家も津波で流されてしまったが家族は全員無事だとは聞いていた。あんなに好きだった三陸をこれだけご無沙汰にしていたのは自分の好きだった思い出の場所が変わってしまった姿を見る覚悟ができなかったからだ。北海道をご無沙汰しているのとは全くわけが違う。

 ある程度の覚悟はして来たつもりだったが、現実はあまりにも想像を超えていて思わず目を背けたくなる風景が続いていた。この陸前高田の前、気仙沼でも同様の風景は見かけた。しかし陸前高田はこれまでとはレベルが違っていた。結局車を駐めて立ち寄ることもせずに先にある大船渡へと向かった。

 当初の予定では三陸海岸を北上し大船渡、釜石、山田、宮古の景勝地に寄りながら最終的には宿を押さえた岩泉へ行くことにしていたのだが、さすがに時間がなくて次がこの日最後の観光地となる。それは大船渡にある「穴通磯」である。

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◆名勝・穴通磯

 この穴通磯は僕が初めて住み込みバイトで三陸の宮古に行ったとき、陸前高田の友人が連れて行ってくれた場所だ。この時はこの穴通磯とこれまた有名な碁石海岸、なぜか「かもめの玉子」のさいとう製菓にまで連れて行ってくれた。今回は碁石海岸には行けなかったがこっちの穴通磯はどうしても譲れなかった。

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◆はたしてわんこはこれを見てどう思ったのだろう

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 震災で変わり果てた町がある一方。ほとんど変わらない景勝地があったりでそれらを見ては一喜一憂する。この日はとにかく運転疲れもあったがそれ以外にも色んな意味で疲れる一日だっただろう。

 この後大船渡から釜石へ、一部三陸道が開通しているのでそれを利用する。釜石の次は震災の時に町長まで津波の犠牲になった大槌へ。大槌には井上ひさしの小説で有名な「吉里吉里」という場所があり、こちらも高田松原同様行けば必ず立ち寄っていたのだがここもあまりに変わりすぎてしまい全く止まることなく通過した。

 大槌を通り過ぎると次は山田、こちらも町中はほとんど通過してしまった。降りるのが辛いということもあるが時間がないというのが最大の理由だった。山田の次は宮古に入るが、宮古市内の賑やかな場所に着く前に今度は国道106号線を盛岡方面へ、閉伊川沿いを西へと進み茂市という場所から今度は国道340号線に入る。かつて岩泉線というローカル線があったその線路沿いを岩泉に向かって走る。山間の集落はとうに日も暮れてだんだんと暗くなり心細くなるばかりだった。

 この日の宿は岩泉にある大川屋旅館という宿。岩泉からは結構離れていて去年大洪水で多数の犠牲者を出した小本川の支流、大川に近くにある宿。予定の時間を大幅に遅れて午後8時に到着した。この宿についてはまた次回と言うことで。

 今回の旅行では先にも書いたように被災地の変わり果てた姿にばかり気を取られていたのだが季節はちょうど山桜の時期でどこへ行っても満開の桜の木を目にすることができた。近所のソメイヨシノもいいものだが山中にぽっと色を添える山桜もいいものである■

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次回につづく

by fibich | 2017-05-15 22:41 | わんこといっしょ | Comments(0)